京アニ放火火災から分かる消防法や建築基準法で想定する安全性の限界 ~通常の火災の想定を超えれば消防法等の防火安全関係法令は機能しないのか?~ 

炎と消防士のチームワーク 建築基準法関係

令和元年7月 18 日(木)10 時 35 分に発生した京アニ放火火災では死者36名という大きな被害が報道されています。(消防庁第12報)

非常に短時間に燃焼が進んだ理由はガソリンと考えられていますが、消防用設備等は設置されていても効果を発揮しなかったのでしょうか?

これから考えるべき対策は?

この記事では京都アニメーション放火火災から消防法令での消防設備等の規制内容や建築基準法令での構造、竪穴区画規制について解説します。

京アニスタジオは消防法施行令別表第1にて(15)項に区分される! 消防法での規制内容を解説

京都アニメスタジオの消防法施行令別表第1での用途は(15)項であり、その他の用途として区分されています。建物規模は地上3階建て、延べ面積691.02㎡です。

京アニスタジオの外観と平面図から階段数や消防無窓の有無を考察

階段は屋内階段が2本ある状態で、建物の外観及び平面図は次のとおりです。

建物外観はgoogle ストリートビューより抜粋

屋内消火栓が設置されていない状態でも適法ということなので、無窓階ではありません。ストリートビューからの外観からも、そこそこ大きなサイズの引き違い窓があることが分かります。

京アニスタジオに設置される消防用設備等について

消防法での規制を考えると設置義務が生じる消防用設備等は次のものです。

  • 消火器〈延べ面積300㎡以上で義務〉
  • 誘導標識〈0㎡より義務だが規則28条の2適用により設置免除可能〉
  • 非常警報設備〈収容人員50人以上で義務〉

あれ、自火報や避難器具は設置されていないの?と感じたかもしれませんが、自火報は15項では1000㎡以上で義務となり、避難器具は3階で100人以上の収容人員が算出される場合に設置義務が生じます。1階段なら規制が強化され、3階以上の階に10人以上で避難器具の設置義務が生じますが、京アニビルではらせん階段と屋内階段の2本の直通階段があるため該当しないと考えられます。

消防法規制でのハード面については特に問題は見当たりません。

京アニスタジオは防火管理上も問題無し!

消防庁発表の資料によると平成 30 年 10 月 17 日に立入検査を実施していますが、消防法令上の不備事項は無かったとのことです。さらに、防火管理者も選任され消防計画も作成されています。

さらに、平成30年11月14日に消火、通報及び避難の訓練を実施しており、1年に1回以上の訓練実施義務(※非特定用途であるため)についても満たしています。

つまり、ソフト面でも問題は無い状態です。

消防用設備等が十分以上に設置されていれば状況は変わるのか?

事務所というものは基本的には普段使い慣れた建物に特定の従業員が使用し、大きな火気等を取り扱うことも無いため火災危険は比較的小さく、消防用設備等の設置基準も緩い傾向にあります。しかし、ガソリン等の危険物を使用した放火火災に対し、「通常の火災」を想定している消防用設備等は十分効力を発揮するのでしょうか?

答えはほとんど機能できません。

消火設備に関しては水量や薬剤量に限界がある消火器や屋内消火栓、スプリンクラーでは燃焼速度に打ち勝つことはできません。

自火報や非常警報設備についてはどうでしょうか? 火災初期の段階で在館者全員に火災の危険性を周知することがこれら警報設備の役割ですが、ガソリン等の危険物火災では燃焼速度や黒煙の拡散速度が圧倒的に速いため、避難行動をとる時間もほとんど無かったと考えられます。特に3階や2階から黒煙の噴出する1階へと避難することは難しい状態です。

唯一避難器具については設置されていた場合、何人かの命は救えたかもしれません。

消防法の規制により設置される消防用設備等を考えると、〈通常の火災〉を想定しているため、何らかの原因により図らずも発生してしまった火災の成長速度に合わせた能力しか持ち合わせていないことが分かります。今回の京アニ放火火災のように爆燃するような火災へは対応しきれないのです。

京アニスタジオは建築基準法令での竪穴区画は不要なの?

死者の多くが3階から屋上へと続く階段部分に集中していることが報道されています。

今回の火災ではらせん階段から一気に上階へと火煙が延焼拡大しています。竪穴区画が設置されていない事を考えると主要構造部は準耐火構造や耐火構造ではありません。全階事務所であるため、3階建てであっても建築基準法第27条により準耐火建築物や耐火建築物とする必要は無い用途ですね。

1階での放火により1階へは降りれない… 避難器具も無い… となれば窓から飛び降りるか屋上へ避難することを考えます。人間の行動心理は下階から煙に追われると上階へと避難しようとしてしまいます。しかし、煙の上昇速度は人間が階段を駆け上がるよりも遥かに早いです。

屋内階段しかない建物の危険性を改めて認識させられます。

3階建てでも竪穴区画は不要なの? 気になる点はココですよね。

竪穴区画の要否は建築基準法施行令第112条に定められる!

建築基準法施行令第112条では防火区画について定められています。既存の建築部物であるため改正前の建築基準法施行令で解説しますね。

竪穴区画が必要となる条件は次の2つを両方満たすことです。

  • 主要構造部が準耐火(耐火)又は特定避難時間倒壊等防止建築物
  • 地階又は三階以上の階に居室を有するもの

しかし、この基準の裏を返せば、3階以上の階に居室を有していても竪穴区画を不要とすることができてしまいます。ポイントは主要構造部が準耐火です。

つまり、その他の建築物(木造等)外壁耐火の準耐火建築物(ロー1)不燃構造の準耐火建築物(ロー2)で建築している場合は竪穴区画の規制が適用されません。

建築基準法施行令第112条第9号 ※令和元年6月25日改正前のもの

主要構造部を準耐火構造とした建築物又は特定避難時間倒壊等防止建築物であつて、地階又は三階以上の階に居室を有するものの住戸の部分(住戸の階数が二以上であるものに限る。)、吹抜きとなつている部分、階段の部分、昇降機の昇降路の部分、ダクトスペースの部分その他これらに類する部分(当該部分からのみ人が出入りすることのできる公衆便所、公衆電話所その他これらに類するものを含む。)については、当該部分(当該部分が第一項ただし書に規定する用途に供する建築物の部分でその壁(床面からの高さが一・二メートル以下の部分を除く。)及び天井の室内に面する部分(回り縁、窓台その他これらに類する部分を除く。以下この項において同じ。)の仕上げを準不燃材料でし、かつ、その下地を準不燃材料で造つたものであつてその用途上区画することができない場合にあつては、当該建築物の部分)とその他の部分(直接外気に開放されている廊下、バルコニーその他これらに類する部分を除く。)とを準耐火構造の床若しくは壁又は法第二条第九号の二ロに規定する防火設備で区画しなければならない。

構造規制については次の観点から規制されているため防火地域や準防火地域以外であれば3階建ての事務所は準耐火建築物や耐火建築物とすることが求められません。

主要構造部への規制の観点

  • 木造建築物への規制(規模の観点):建築基準法第21条
  • 用途への規制(用途という特殊性への観点):建築基準法第27条
  • 市街地大火対策としての規制(外部延焼の観点):建築基準法第61条
建築基準法改正の内容:それぞれの観点について解説しています

安全性の高い〈避難階段〉の設置は5階建て以上で義務が生じる!

建築物の5階以上の階に通じる直通階段は避難階段とすることが求められます。避難階段には次のものがあります。

  • 屋外避難階段
  • 屋内避難階段
  • 特別避難階段(屋内避難階段よりもより安全な上位のもの)

屋外避難階段の安全性は改めて説明しなくてもイメージできると思いますので省略します。ここで考えたいのは屋内避難階段です。

屋内階段は出入り口が防火戸でなおかつ階段周囲の壁を耐火構造とすることが定められており、竪穴区画よりも安全性が高い基準になっています。

建築基準法施行令第百二十二条(避難階段の設置)

建築物の五階以上の階(その主要構造部が準耐火構造であるか、又は不燃材料で造られている建築物で五階以上の階の床面積の合計が百平方メートル以下である場合を除く。)又は地下二階以下の階(その主要構造部が準耐火構造であるか、又は不燃材料で造られている建築物で地下二階以下の階の床面積の合計が百平方メートル以下である場合を除く。)に通ずる直通階段は次条の規定による避難階段又は特別避難階段とし、建築物の十五階以上の階又は地下三階以下の階に通ずる直通階段は同条第三項の規定による特別避難階段としなければならない。

第百二十三条 屋内に設ける避難階段は、次に定める構造としなければならない。

一 階段室は、第四号の開口部、第五号の窓又は第六号の出入口の部分を除き、耐火構造の壁で囲むこと。

二 階段室の天井(天井のない場合にあつては、屋根。第三項第四号において同じ。)及び壁の室内に面する部分は、仕上げを不燃材料でし、かつ、その下地を不燃材料で造ること。

三 階段室には、窓その他の採光上有効な開口部又は予備電源を有する照明設備を設けること。

四 階段室の屋外に面する壁に設ける開口部(開口面積が各々一平方メートル以内で、法第二条第九号の二ロに規定する防火設備ではめごろし戸であるものが設けられたものを除く。)は、階段室以外の当該建築物の部分に設けた開口部並びに階段室以外の当該建築物の壁及び屋根(耐火構造の壁及び屋根を除く。)から九十センチメートル以上の距離に設けること。ただし、第百十二条第十項ただし書に規定する場合は、この限りでない。

五 階段室の屋内に面する壁に窓を設ける場合においては、その面積は、各々一平方メートル以内とし、かつ、法第二条第九号の二ロに規定する防火設備ではめごろし戸であるものを設けること。

六 階段に通ずる出入口には、法第二条第九号の二ロに規定する防火設備で第百十二条第十四項第二号に規定する構造であるものを設けること。この場合において、直接手で開くことができ、かつ、自動的に閉鎖する戸又は戸の部分は、避難の方向に開くことができるものとすること。

七 階段は、耐火構造とし、避難階まで直通すること。

階段区画等についての建築基準法の安全性の抜け穴は3、4階建ての事務所!?

竪穴区画や避難階段の規制の基準を考えると3階建てや4階建ての事務所は階段を区画する必要が無いことが分かります。その結果、安全性よりもデザイン性を優先した〈らせん階段〉を屋内に設ける事が可能となってしまいます。

防火戸についても少し考えましたが、常時閉鎖式のものであれば、一定の延焼防止性能は発揮できた可能性が高いですが、煙感知器連動型の防火戸やシャッターでは感知から閉鎖までの短時間でも大量の黒煙が上階へと拡大した可能性が高いように感じます。安全面だけを考えれば屋外避難階段や常時防火戸が閉鎖して区画がしっかり形成された屋内避難階段以上の設置をオススメします。

京アニ放火火災から学んだ防火安全のために必要なことは? 

今回の京アニ放火火災で私たちが痛感したことは、防火安全法令を遵守していても大きな被害は発生する可能性があります。

防火安全法令は最低基準であり、安全を法令以上に考えなければならない!

もし、2方向の直通階段の1つが屋外避難階段だったなら、もし屋内避難階段のような防火区画等で延焼を遅らせることができたなら… 

新宿歌舞伎町の雑居ビル火災以来となる、多くの死者が発生している凄惨な事件です。お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りし、負傷された皆様にお見舞いを申し上げます。

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